ESSAY

輝く命ライフコーチ

考えよう! よろこんで行動しよう! 楽しく生きよう!

さあ、みんなで命の賛歌を歌おう!
エッセイ•インサイト•詩•フォト
輝く髪(2008年5月21日) New!
初春の富士
(2008年1月7日)
今の想い
(2007年12月30日掲載) 
友達
(2007年12月掲載)
もしも私が......(2007年12月掲載)
ほんとうの私 (2007年12月掲載)
時って何? 私って誰?...(2007年12月掲載)
生きとうしの命(2007年12月掲載)

せきねえつこ 2008年5月6日撮影輝く髪  Queens Henna と めぐり会って幸せ!

「貴女、今からバリバリ仕事をするなら、鬘をかぶったほうがいいよ」

友からそう言われた時、あまりにも正解な私の現実を、あまりにもはっきり言われたので、ひどいことを言うなという怒り反発よりも、「忘れよう、考えまい」としていた己の絶望的な厳しい現実を心の底から思い知らされた。そこにあったものはもう絶望的な諦めだけだった。「うん、そうしなくちゃならないだろうね」悲しい、寂しい決意をした。

生まれた時赤いしょぼしょぼ毛だったんだって。
病気がちな弱い子だったので、群馬県太田市の大光院、子育ての呑竜様*** に父母は「この子が丈夫に育ちますように」と願かけて、かわいい盛りの3歳になったばかりの娘を丸坊主(呑竜坊主)にしたのだった。
5歳になった頃少女は少年のような頭をして、鏡の前へ行っては手ぬぐいを左右にたらしてかぶり、「毛羽(けば)が咲けー、毛羽が咲けー」とおまじないのように言っていたそうだ。
呑竜さまと父母のおかげで、女の子は丈夫に育ち、18,9歳の頃はシルクのようにしなやかな、光沢のあるさらさらの、一本一本はとっても細い髪の毛だけど、とても美しい長い髪になった。

ところが20代後半から白髪が出はじめ、30代後半ではもう白髪染めをしなければならない状況だった。13年前乳がんになった頃はもう1ヵ月半に一度は化学の髪染めをする状況。それより少し前から頭のてっぺん、つむじの辺りが少しずつ薄くもなってきていた。40代、50代での、 いや何歳になっても、地肌が透けて見えててしまうほどの薄毛と白髪、これがどんなに寂しい悩みなのかは当世は知る人も多いと思う。

そして鬘を覚悟して、この度、日本へ帰り、仕事を始めようとしていた時に、「クイーンズ へナ」に出会った。

「よくがんばってここまでやってきたね。 ご褒美だよ。自分をもっと可愛がりなさい。奇麗になって良いんだよ。」って神様から贈り物が届いたような気がする。


今、もう 鬘を買う必要がなくなった!!! 細い髪には違いは無いが、一本一本がしっかりして、ドライヤーをかけるとボリュームも素晴らしく出るようになり、髪は光沢がでて素晴らしく、乙女の頃のようにさらさらで、そして抜け毛がなくなっただけでなく、少し増えてきたようだ。

「髪の毛一つがまとまると、こんなに平和な気持ちになれて、あふれるような幸せを感じられ、しゃんとして町へ出て行けるようになるんだ〜」これが今の実感!実感!!実感!!!


このへナを広めて行くことを決意しました。今から幸せな人が一人でも多くなるお手伝いをしましょう!
なんかとってもとっても感謝です。

***大光院(子育て呑竜様)徳川家康が芝増上寺から呑竜上人を招いて開山しました。上人が寺領の多くを貧しい 子ども達のために費やして養育をしたことにちなんで,子育て呑竜様と人々から 慕われるようになり、大光院に願をかけると子供が丈夫に育つと言い伝えられて います。

(2008年 5月21日 えつこ記 )

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.初春の富士

私はどうしょうもなく富士山が好きだ。

その優しさが
雄雄しさが
神々しさが

大好きだ !

 

2008年元旦 初日を受けて赤く輝く富士山(河口湖より)

.

.2008年1月2日 快晴の真っ青な空に輝く
富士山
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今の想い-2007年12月1日

最初の結婚で、子供に関して悲しいつらい記憶があります。その部分だけ消せる消しゴムがあるなら消したい記憶です。

アメリカへ渡り、女を忘れて、プロとして自立するため必死で勉強し働きました。そしてついに難しいインテリアデザイナーの国家試験にも合格し、カリフォルニア州コントラクターの試験まで合格し、独立し、仕事に追われていた時、どうしょうもない空虚感を感じました。最初のミッドライフクライシスだったのかもしれません。私の愛するメロディー3月3日2005年撮影。 メロ19歳になるところ、これから一ヵ月後に永眠。19歳。メロちゃんありがとう!

その時私は自分を見つめ、一人で生きている空しさ、寂しさ、自分のためだけに生きている無意味さを深く感じていたのです。ライフパートナーが欲しい。人生の伴侶が欲しい。強い願いでした。

そう願うようになって、1年後に現れたのが、この度離婚した人です。『見上げるところにあなたがいた。明るく微笑むあなたがいた』長い間、心の中でずーと待っていた人に会えたその時の感動を書いた詩の1行です。
天才の頭脳を持つ、元禅僧でした。まだ世に出ていない未完の大器でした。私はこの人を世に出すために私のすべてをかけました。彼一人で友達100人分になりました。幸せでした。ほんとうに?幸せだったら離婚なんかにならないよね。彼はその能力が次第に世の中に認められ始めました。彼は彼の世界で少しずつ輝き始めました。私は彼と反比例するかのように、一緒になって以来どんどんシャドウ(影)の存在になっていきました。
知り合って4年後、正式に結婚して1年後に私は乳がん第2期と宣告されました。代替療法。結局9年半後に、日本で素晴らしい外科医南雲先生にめぐり合い、手術して大きくなった癌を取り除いていただきました。癌から10年ぶりにフリーになりました。

私の結婚生活は初めから終わりまで、私が勝手に自然にしてしまったことですが、彼がプライオリテイー。彼が世の中で活躍することが私の第一の夢、仕事だと思ってやっていました。そのことに関して私は不平不満、後悔もありません。ただずーと私は自分の命を輝かすことを忘れていました。それが問題!

パロスヴァーデスの我が家の庭に毎年咲くバードオブパラダイス2002年頃撮影米国は離婚に時間がかかり、ファイルしてから6ヶ月過ぎたのに、まだ正式に裁判所から離婚の承認が下りていません。もうすぐ離婚完です。

ここ6ヶ月間、すべてのエネルギーをとにかく生きることに集中しました。CTI(The Coaching Training Institute)でコーチのトレーニングを受けました。さらにプロのコーチから私も週一回コーチを受けました。コンピューターを勉強して、自分で自分のホームページを創れるところまで来ました。
私の命が少しづつ輝きだしたのを感じ始めたころから、自分の命を生きることを楽しみ始めたように思えます。
たくさんの友のサポートがあったことに気づきました。一人ではない。みんなと一緒に生きている!感謝と悦びが溢れてきました。人々から「輝いているね!』と誉めてもらえると、最高です!

2007年12月5日、日本へ永住帰国します。人生の半分を異国アメリカ カリフォルニア州ロスアンゼルス近郊に住んで、猛勉強しプロのインテリアデザイナーになり、必死に働き、恋をし、結婚し、命に関わる病にかかり、海の見えるかわいい庭のある小高い丘に建つドリームハウスも手に入れました。それらすべてが今終わろうとしていますが、本当にいろいろ貴重な体験をした、させていただいたというのが実感です。

でも私は気がついていました。「大好きな日本へ帰りたい!」という強い願いがずーッと長い長ーい間、心の深い所に眠っていたことを!それは離婚という大変なものを伴って叶ってしまいました。

「引き寄せの法則」は真理です。心を浄化しないとごった混ぜの現象が現れてきます。本当に!
(2007年12月1日 せきねえつこ作)

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友達

あたらしい友達ができた。仲間が出来た。
嬉しいな!
CTI(The Coach Traing institute)5weekends
の卒業写真。

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もしも私が.............

輝く命!我が家の池2002年に買った5センチほどの鯉が30センチほどに大きくなる。又金魚たちは2002年の夏この池で生まれた。2006年夏撮影。

もしも私がほんとうに神の子ならば私はどんな毎日を過ごすだろうか?

自分は神の子光そのものなのだと何度も言い聞かせ、祈り、納得してきたが、
そんなことよりも、神の子ならばこのように生きるであろうと言う生き方を
毎日毎日、一瞬一瞬したほうが良い。そう思えてきた。

これはかなり凄いインサイトだ。

谷口雅春氏の生命の実相を観ずる歌もそうして初めて大きな意味を持ってくる。

 完き生命、完き叡智、完き聖愛、天地の創造主、唯一の神。
神は全てにして、全て一体(ひとつ)なれば、よろずもの皆共通(ひとつ)の力是を生かせり。

こんな大きな大きな神の子であるということ。神と私は一体であるということ。

その本来の私自身に戻るためには、神だったら、神の子だったら、エンジェルだったらこうするであろうというような一瞬一瞬を創造して生きていくこと以外に道はない。方法は無い。

過去の私はかなり外れた生き方をしていた。神の子を自覚してもすぐに現象に惑わされ、リアクションの日々を送り無明の世界へ迷い込み、焦り、怒り、恐怖にかられ苦しんで、周りにも迷惑をかけ、自分も惨めな時を生きてきた。

どんなに自分を見つめ、変えようと思ってもだめだ。
底知れぬ人の心の暗闇にはまり込み出口なしの無間地獄。
人々の心のストーリーも体験の話も、似たり寄ったりだけれど種種雑多で無限に存在する。
そして私を含めて、人は変わらない。ほんとうに人は変わらない。

自分を変える唯一の方法は、新しい自分を創造するしかない。

新しい自分を創造できた人のみ、己を変えることの出来た人。
ひいてわ己の運命を変えることの出来た人といえる。

もしも私が神の子だったら、エンジェルだったらと仮定して、その役になりきって、演じきって、生きること。
そうし て新しい自分を創造していく!

(2001年4月12日 せきねえつこ作)

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ほんとうの私

京都伏見稲荷大社の千本鳥居。2008年3月2日悦子撮影。私の守護神さまだといわれた宇賀の御霊の大神を尋ねて。心の奥の奥底にいつもいつもしまっておいたもの

それはほんとうの私

私は知らなかったほんとうの私を

彼女がどんな人なのか

私は彼女を知らないまま

ただ、がむしゃらに彼女を守らねばならぬと思い込み

何重もの鎧を着けた

恥の鎧
罪の鎧
悲しみの鎧
怒りの鎧

何枚もの仮面をかぶった

良い子良い人という仮面
しっかり者、まじめ人間の仮面
明るくて陽気な女の仮面
タフで風ひとつ引かない丈夫な人間の仮面

それに気がつきはじめた時

それまでの友のほとんどと話が通じなくなりはじめた

そして乳癌になった

癌ヒーリングに関わってから6年
今その根治に到達して
私はやっとほんとうの私を見た



光の子

ほんとうの私は輝く光の子
。2006我が家よりのサンセットsunset2004年一月撮影。
鎧も仮面も何も要らない

何も恐れることは無い

この大宇宙を創った光
生きとし生けるものを生かしている光
唯一の存在
それは光

そして私はまさに光の子

今私にははっきりと見える
全ての生きとし生けるものが
光の子であることが

でもどれだけ輝く光になれるかどうかは
全ての生きとし生けるものの己が光の子であるという自覚の深さによる

この自覚が深ければ深いほど光の子はより強く光り輝く

海に深く深く潜るのとは反対だ
海は深ければ深くなるほど光から遠ざかり暗くなっていく
何故だか解るか


それは
生きとし生けるものの奥の奥にある命そのもの魂そのものはー輝ける空より青い青トンボどこからから来るの去年も来たね 私の池に毎年どこからともなく訪れる美しい青トンボ-2006年7月20日撮影。光そのものだからだ

すべての鎧を脱ぎ捨て
仮面をはいで
迷いの靄も吹き払って
ほんとうの己が見えたときその喜びは初めての体験
エクスタシー
至上のもの
私は今私の内側から光を放つ
その光が強く明るく四方八方に広がっていく
私は示そう私自身を
光の子を
人々に
全ての生きとし生けるものに

それが私のこの人生でさらに残された仕事。そのために私は今ここに居る

(2001年7月7日 せきねえつこ作)
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時って何? 私って誰?友人よりメールで届いた富士河口湖から富士を望んで。2007年夏。 

私は8歳の時の鮮明な思考の記憶がある。古い日本家屋の八畳の間。家族全員の寝室。三歳の弟はもうぐっすり眠っていた。私は、毎晩なかなか寝付けない子供だった。父と母はまだ仕事をしていた。床に入ってからもうどのくらい過ぎたのだろうか?私は考えていた。

今ここで眠ろうと一生懸命になっている私は一体誰なんだろう?8歳。小学二年生。なまえはせきねえつこ。父ちゃんと母ちゃんと弟がいてーーー。でも私って一体、誰でどこから来てどこへ行くんだろう。それに私って、今、ほんとうに8歳の女の子なの?もしかしたら私は今本当は35歳で、夢を見ていて、その中で8歳の自分になっているのかもしれない。8歳の自分を思い出しているだけかもしれない。今のこの私は思い出の中の私、夢の中の私で本当の私ではないのかもしれない。

私が本当に35歳になった時、私はアメリカロスアンゼルスに住んでいたけれど、たまたま実家に帰っていた。家は父と母が、そのときより14年前に立て替えた鉄骨3階建ての快適な家になっていた。私の部屋は3階の和室8畳間。35歳の誕生日の夜、私は8歳の時に考えたことを鮮明に思い出した。

不思議な8歳だったと。そして35歳も不思議になった。

今、私は50歳も越え、時というものをメランコリック、センチメンタルにではなく、理性的に、科学的に、哲学的に考えている。しみじみと考えている。

時って何?

(2001年4月14日せきねえつこ作)

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生きとうしの命

光から発して今まで生きとうし、
再び完全に光に統合するまで、
何万回もの命を生きてきたそして生きていく。
何処から来て何処へ行くのか?
光から来て光に戻るのだ。
それは何億万年もの時を生きとうし、
続いているひとつの命。
ひとつの光。
それは私。
そしてあなた。


センチメンタルな感情も、メランコリーな気分も私のうちから消滅した。何万回ものライフでは全ての体験をし、すべての感情をいやというほど抱え味わった。どんな物語、ストーリーにもファミリアーだ。知らなかったのは、いや正確には知らなかったのではなく忘れていたのだ。この命がずーっと生きとうしだという事実。でもこれは事実といえるかもしれないが真実ではないかもしれない。真実はすべて夢。私も貴方も彼も彼女も今生まれたばかりの赤ん坊も、猫も犬も、森も山も海も、地球も太陽も惑星も、星も大宇宙も、すべて夢。ひとつの現象にしか過ぎないのかもしれない。

でもこの今、私の命はひとつきりだ。
あなたの命もひとつきりだ。
ある意味で、時というものは、今しか存在していない。
又ある意味で、すべてが、今、存在しているのだ。
でもこの今こそが現象そのものだということ。
それが真実。
それではその真実とは?
そう、この現象を創っているもの。
巨大なエネルギー。
とてつもない創造力。
超知性。
人が神と呼ぶ存在。

でもこの私という現象は、
私の中の私、
私の魂そのもの、
真の私、
神の分身

が創っているものだ。
これも真実。
真実。

(2001年4月、せきねえつこ作)
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