もしも私が.............

もしも私がほんとうに神の子ならば私はどんな毎日を過ごすだろうか?
自分は神の子光そのものなのだと何度も言い聞かせ、祈り、納得してきたが、
そんなことよりも、神の子ならばこのように生きるであろうと言う生き方を
毎日毎日、一瞬一瞬したほうが良い。そう思えてきた。
これはかなり凄いインサイトだ。
谷口雅春氏の生命の実相を観ずる歌もそうして初めて大きな意味を持ってくる。
完き生命、完き叡智、完き聖愛、天地の創造主、唯一の神。
神は全てにして、全て一体(ひとつ)なれば、よろずもの皆共通(ひとつ)の力是を生かせり。
こんな大きな大きな神の子であるということ。神と私は一体であるということ。
その本来の私自身に戻るためには、神だったら、神の子だったら、エンジェルだったらこうするであろうというような一瞬一瞬を創造して生きていくこと以外に道はない。方法は無い。
過去の私はかなり外れた生き方をしていた。神の子を自覚してもすぐに現象に惑わされ、リアクションの日々を送り無明の世界へ迷い込み、焦り、怒り、恐怖にかられ苦しんで、周りにも迷惑をかけ、自分も惨めな時を生きてきた。
どんなに自分を見つめ、変えようと思ってもだめだ。
底知れぬ人の心の暗闇にはまり込み出口なしの無間地獄。
人々の心のストーリーも体験の話も、似たり寄ったりだけれど種種雑多で無限に存在する。
そして私を含めて、人は変わらない。ほんとうに人は変わらない。
自分を変える唯一の方法は、新しい自分を創造するしかない。
新しい自分を創造できた人のみ、己を変えることの出来た人。
ひいてわ己の運命を変えることの出来た人といえる。
もしも私が神の子だったら、エンジェルだったらと仮定して、その役になりきって、演じきって、生きること。
そうし
て新しい自分を創造していく!
(2001年4月12日 せきねえつこ作) |